2008年01月21日
「グミ・チョコレート・パイン」の映画を観た
大槻ケンヂの小説「グミ・チョコレート・パイン」の映画版を観た。脚本・監督は、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(ナイロン100℃っていう劇団の人で、「時効警察」の脚本・監督の人でもある)。
ダッサダサの主人公が、将来女優として成功する女の子と一瞬恋人同士になりかけるんだけど、やっぱりダサいまま歳をとってっていう話。「グミ・チョコレート・パイン」っていうのは、johnの場合「グー=グリコ・チョキ=チヨコレイト、パー=パイナツプル」だったアレ。
「人生ってグミチョコパインだと思うの」とヒロインが言うのだ。
切なかったなあ。
高校時代の主人公の気持ちが痛いほどわかる。痛い。
明るくきゃっきゃと笑って暮らすクラスの主要メンバーと距離を置き、「俺だけは違う」と言い聞かせている主人公。
確かにジョン・カーペンターを好きになってしまった以上は、そういう、いわゆる主要メンバーに入れなくなってしまう感はあるのだけど、主要メンバーに入れないダサい人間だから、ジョン・カーペンターを好きになってしまうのかもしれないというジレンマがある。
そんな男子が「ニューヨーク1997」のポスターを凝視する高校生の女の子に出会ってしまったのだから切ない。
「あなたのせいなのだから」
の一言が心に染み入ります。
こんな映画の場合、だいたい「ダサい」といったって、実はかっこよかったりするけれど、この映画の主人公は本当にダサくて良い。
ヒロインも、かわい過ぎないで良い。
今度原作本読みまーす。